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2026年10月9日金曜日

吾妻山

8月下旬の山行でした。2泊3日で行った、日本百名山の吾妻山。吾妻連峰とも言われる吾妻山です。福島と山形にまたがります。練りに練った山行だったので記録しておきます。新幹線で合流前に借りたレンタカーは黒のアルファード、なんだか反社の車のような…


移動で中途半端な時間にスタートなので、吾妻山の南の安達太良山方面に行った1日目。写真は沼尻登山道から見た、硫黄川の白糸の滝です。硫黄川は猪苗代湖に流れます。

登るにつれどんどん大きく広がって見えた沼ノ平。沼ノ平は直径1km以上の噴火口です。これを下から登って見たかったので沼尻高原から登ったわけです。


沼ノ平の外輪山の写真、この溶岩壁の周辺がわかりにくいという情報でしたが、ここは壁の右側に大きく巻きました。

外輪山の火口側は障子ヶ岩と言われ、ある程度は火口の縁を歩きますが途中に小さな池があってそこで分断された壁が一段高く立ちはだかります。その壁の下を西に回り込むと弱点のガリーがありそこから上に行けました。


分岐点、左に行くと安達太良山の馬の背方面。右に行きます。


船明神山1663m、まともな山頂標識はなかった標高点


指呼の距離の安達太良山でしたが、時間がなく下山しました。


沼ノ平の全貌。これが見たかったわけでしたが、3日目の西吾妻山で沼ノ平の縁が見えたのは驚きでした。


横向温泉の宿で温泉を堪能し、2日目は東吾妻山。スタートの浄土平


浄土平から西に向かい、酸ガ平避難小屋経由で一切経山を目指します。


風がだいたい10m/sの中、稜線に出ると吾妻小富士が良く見えました。


一切経山の山頂。平安時代に仏教の経典を埋めたといういわれです。石が積まれた山頂は経塚と言っても良いのでしょう。広い吾妻山の中でここは絶対登っておかなければならないピークです。


一切経山をピストンして鎌沼という火山湖の畔の木道を進みます。


皮ごと食べられるブドウ、シャインマスカットは登山向きです。ごちそうさまでした!


鎌沼の縁をぐる~ っと回った姥ヶ原の分岐。東吾妻山の山頂はガスの中でした。


ゆるやかな登山道でも草刈りがされているのは有難いです。


ガスの中で展望がない東吾妻山の山頂。


東吾妻山の山頂から戻って姥ヶ原でやっと青空になりました。


浄土平に戻ってきました。まだまだ余力を残していたので吾妻小富士にトライです。吾妻小富士は新幹線に乗っていても、東北道を走っていてもピカイチの存在感です。標高が1707mなので主役にはなれなかったわけですが、こんなに小さなコニーデ型の富士山みたいな山は誰からも愛される存在でしょう。


吾妻小富士の最高点に向かって一周しました。


観光客も登る愛されている吾妻小富士なので整備されています。浄土平を見下ろして。


福島の浄土平から山形の米沢に移動した夕食は「義経焼」、ジンギスカンです。これは元気が出るのでぜひ召し上がっていただきたかった食事です。ここで夕食を取れたことにとても満足したのは僕でした


吾妻山、いくつものピークがありますが、絶対に押さえなければならないピークは一切経山、東吾妻山、西吾妻山です。西吾妻山が一番標高が高いので、ツアーなんかは西吾妻山に登るようです。西吾妻山も複数のルートがあるわけですが、天元台スキー場が最短なので3日目登ったわけでした。


天元台はもともと硫黄鉱山で、そこに出来たスキー場。サマーシーズンは西吾妻山で売り出しています。


ロープウェイで天元台の平らに登った後は、3本のリフトを乗り継いで標高1800mまで登ります。


リフトの後ひと登りで稜線に上がれます。高層湿原が広がる天空の楽園のようなところですが、あいにくの曇天。それでも遠くの山々が見えていました。


ゆるやかな稜線なんですが、もともと火山なので岩だらけです。


展望のない西吾妻山2035m山頂。日本百名山の吾妻山に登るんだったら、一切経山、東吾妻山、西吾妻山に登るべきだと思います。一番高い西吾妻山です。


山頂からリフトに戻る間、雨雲が迫っていたにもかかわらず展望は良かったです。写真の真ん中が一切経山です。左の台形が家形山。その間に魔女の瞳と言われる五色沼があります。全体の名前の吾妻山、四阿(あずまや)造りの屋根に似ている山容がから、「あずま山」とも「いえがた山」とも呼ばれいて、これらを総称して吾妻山と呼ぶようです。


中吾妻山の稜線が手前に黒く見え、左奥が東吾妻山、右側に安達太良山の沼ノ平の縁が見えているので(木が生えたいない白っぽいところ)プチっとした安達太良山が見えています。登った山はよくわかるので、1日目に沼ノ平に登っておいて良かったです。


天元台のロープウェイとスキー場のリフトを使う山行は簡単ではありません。気象条件で停まってしまうロープウェイだけではなくリフトも停まったりします。この時は下山時に利用する3本リフトのうち最後の一本が運休になってしまい歩いて下りました。運休になったロープウェイですが、往復の料金は払っているからか、ハイエースのお迎えが来てロープウェイ横の車道で下りました。冬も来たことがあるけど気難しい天元台です。


2026年9月27日日曜日

六百山

上高地バスターミナルです。建物の奥に見えている岩がゴリラ岩。西に向いたゴリラ似の横顔です。その手前の沢を詰めて六百山に登ってきました。標高差は約950m。河童橋のトイレの裏から登るということで有名な上高地の裏山です。実際には「山と共に」という山の日(8月11日)制定記念の碑の横から取付きました。

沢を詰めていきます。中畠沢という名前らしいです。河童橋のトイレ辺りから入るガラガラの沢です。こんなところで大規模な崩落があれば大惨事です。バスターミナルから河童橋の間なので上高地に来る全ての人が通る場所。そのための対策なのでしょう、巨大なコンクリートの堤防などがあり、どこをどう歩いていいかわからないくらいの出だしです。写真は二俣で標高1770mです。上高地の標高は1500mです。ルートを右に取ります。

上高地は標高1500mです。六百山の標高は2450m。写真は奥ノ二俣、標高1850mです。ここも右に行きますが、目の前の地形が分かりづらく、どういうラインで行けばいいか難しかったです。地形図で表現すると。六百山から北西に延びる八右衛門沢左俣を分ける尾根の2200m等高線のコル状に上がるのが当座の目標になります。なので、二俣とか奥ノ二俣では右にルートを取ることになります。とにかく、山頂から北西に延びる尾根に乗っかることです。

ガラガラの岩の沢を登ります。


全ての岩が動きます。足を置けば動いてしまうので体重移動がままなりません。ガラガラと崩れてしまう足元です。登りにしても下りにしても精神的にも厳しいです。

具体的な名前はわからないキイチゴ。ラズベリーのような味わいでとてもおいしいものでした。


六百山から南西に延びる尾根の標高2200m地点のコメツガの切株。人為的に切られた切株だし、沢から尾根に乗っかるという意味が分かる人は必ず目にするであろう切株です。ここから植生がハイマツが登場したりして変わります。

尾根に上がったら絶対押さえておきたい標高2250mの場所。意外に左側の中畠沢側が崩れていて、等高線ほどの平坦地にはなっていませんでしたが、平らであることはわかる場所です。

霞沢岳が見えました。とてつもなく遠くに思えました。

8mくらいの岩のセクション。ここはロープがフィックスされていました。草付きの足場もしっかりしていました。帰りは懸垂下降でした。

六百山山頂。ここまでハイマツの中にわかりやすいトレースがありやぶこぎはありません。前穂から奥穂の吊尾根が目の前でした。

下りです。何度か書いた六百山山頂から南西に延びる尾根がわかります。尾根の向こうは八右衛門沢です。手前のハイマツの次にダケカンバが見え、その下に針葉樹の小ピークがいくつか見えます。一番手前の小ピークが標高2200mの痩せた平坦部です。

下りながら見えた西穂の稜線。写真の左に西穂山荘の屋根が見えた様でした。

北西に延びる尾根から岩くずだらけの沢を下り、上高地に出る手前はやはりルート取りに苦労しました。コンクリートの塊の防護壁や、こんな落石防止柵が登場しました。どうルート取りをするかは周りをよく見ることだと思います。


ちゃんと「山と共に」の山の碑制定の記念碑の横に出ました。

ガイド協会のアルプス山荘の夕食には十分間に合いました。六百山に登ってヘロヘロになって泊まったアルプス山荘でした。


翌日は雨。予定を変更して美ヶ原の桜清水茶屋さんに挨拶兼ねて昼食。

大好きなキノコ汁をいただきました。今年のきのこは大豊作みたいです。