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2025年5月23日金曜日

生瀬富士

奥久慈2日目は生瀬富士です。1日目の奥久慈男体山を無事済ませ、素晴らしい料理をいただき、この茨城県の山行を思い立ったのは、袋田の滝を下から横から、そして真上から見ることが出来るコースだからでした。タイトルは"アラウンド袋田の滝"です。写真は袋田の滝の観光地の道から見た生瀬富士です。一番目立っている立神山の左のとんがりがそれです。


前日の雨で増水していると思いましたが、地元の人はこんなもんじゃないと増水という言葉に反応していました。自然災害が多い日本ですが、ローカルな感覚はそれぞれでしょう。


袋田の滝の下から始まる自然探求路入り口の階段。侮れない階段がずっと続く自然探求路です。


自然探求路は袋田の滝を真横から見ることが出来ます。


この写真はやさしく見えますが、自然探求路はとんでもない傾斜に設置された階段で覚悟して歩いたほうがいい道です。


左岸につけられた自然探求路、生瀬滝の上で右岸に渡渉をするのがルートですが、増水していて渡ることが出来ませんでした。仕方がないので上流の農道をに架かる橋を渡って正面の尾根に取付きました。


農道から見えた月居山(つきおれやま)はこのエリアの代表選手みたいです。


渡渉できなかった滝川の渡渉点。


滝川右岸の稜線の上から見下ろした袋田の滝。アラウンド袋田の滝です。


アラウンド袋田の滝の全貌。


アップダウンの続く稜線の様子。


立神山から見えた茨城ジャンダルムの稜線。


奥のとんがりが穂高のジャンダルムのミニチュアみたいに見えるということからのネーミングなんだと思います。変な表現ですが、幅広のヤセ尾根です。


生瀬富士山頂周辺はカシワがたくさんありました。カシワの花です。


地形図の406m標高点にあった生瀬富士の標識。


登山道は生瀬富士山頂から西に下ります。等高線わずか5~6本分だけです。ルートが複数ある場所があり、スムースに安全に下ったいただくためにロープを張りました。こういうのは瞬間の判断です。


西に下りたコル状にあった馬頭観音。立派な馬頭観音はかなりローカルなルートであるにもかかわらず、重要なコルであったということを感じさせました。


平和な登山道はやはり昔の仕事道でしょうし、コルにあった馬頭観音に通じます。


短くも変化に富んだ生瀬富士の登山道を楽しみました。ねらい通りのアラウンド袋田の滝でした。


2025年5月21日水曜日

奥久慈男体山

今年1月、日光の手白沢温泉の帰りにどこかに寄って帰ろうと訪ねた袋田の滝。その時は登山者というよりもほとんど観光客でしたが、袋田の滝の周りをぐる~っと歩いてみたらなんて面白いところだ!と思ったわけでした。こんなに早くガイド山行が成立したのは、特急を使っても都内から3時間以上かかるJR水郡線袋田駅に来て下さった皆さんのおかげです。


奥久慈の山の1日目は男体山。奥久慈男体山とも言われるこの山は、この山域(久慈山地)の最高峰です。スタート時間が遅いので、一般的な南や西からの登山道ではなく、北の持ち方集落から入りました。奥久慈男体山の裏口入学ルートです。


持方集落のはずれのトイレのある駐車スペースから歩き始め、武生林道という立派に舗装された道の切通し横から登ろうと思ったのに、実際に行ってみたらとても取り付けないルートで焦りましたが、誰にも気づかれないように主稜線に沿う沢筋の道を歩き、適当に主稜線に上がったら男体山と白木山を繋ぐ登山道に出ました。


登山道の様子。しっかり雨が降った朝で、お昼には止むだろうと歩きました。


雨でしたが風が弱かったのは幸いでした。しっとり濡れた登山道を歩きながら目についた花。これはオトコヨウゾメという低灌木。登山道の両側に盛んに咲いていました。ガマズミの仲間そうで、ヨウゾメというのはガマズミの別名で、どこかわかりませんが地方の呼び名のようです。オトコヨウゾメも秋にはガマズミのように赤い実をつけます。ヨウゾメで用済みではありません。


全く似ていますが、こちらはミヤマガマズミです。


鮮やかなヤマツツジ


ツクバネウツギもたくさん咲いていました。衝羽根空木です。


登山道にはシロヤシオの花びら。ツツジです。


すごく悩まされたピンボケはツクバネの雄花。ひょっとしたら今回この花を一番見たかも?ぐらいたくさん咲いていました。雌花はわかりませんでしたが、タネはほぼ羽子板の羽です。


一等三角点のあるピークの横に、男体山神社の奥宮のお社があるピークが並んでいる奥久慈男体山の山頂です。


大円地越という峠に向かって慎重に下りました。


持方集落に近づいてあった道祖神でしょう。「馬力神」なんて言葉は初めて見ました。


持方集落から袋田の滝のある滝川沿いの宿に移動して、とにかくエリアの主役の袋田の滝を見に行きました。入場料300円を払ってトンネルを進みます。カラフルなトンネル。


トンネルの途中から袋田の滝を下から眺められる下の展望台です。


幅広のナメを水流が落ちる四段の袋田の滝。


最後はエレベーターで最上部の展望台に上がったところからの袋田の滝。


1月に来た時は工事中だった吊り橋は完成していました。これで右岸のトンネルから左岸を歩いて周回できるようになりました。


袋田の滝に一番近い宿でした。


正直、宿は全く期待していたわけではなく、1日目の奥久慈男体山から袋田の滝を見学した翌日スムースに山行を始められたらというチョイスでしたが、夕食をいただいてびっくりしました。とても丁寧な料理で奥久慈の食材を堪能出来たからでした。
前菜から、合鴨ロース、シシャモのフライ、よもぎ豆腐、鱧の煮こご、かしわ餅


小鉢のこんにゃくそうめん


お造りのお刺身は肉厚でボリュウームがありました。


とてもおいしかった南瓜のすり流し


ご当地名物の定番、アユの塩焼き


揚げ物、アンコウのから揚げ


焼き物は常盤牛と奥久慈シャモと野菜。なんといってもシャモです。


ご飯はツナと小エビの釜めし


デザートは生産量日本一の茨城のメロン




2025年5月19日月曜日

佐渡2025

2年ぶりの佐渡でした。島に渡るにはカーフェリーかジェットフォイールの2択ですが、時間を有効に使うために必ずジェットフォイールを選びます。2時間30分と約1時間の乗船時間の違いは島での行動にとても影響すると思っています。


昨年、2024年に世界文化遺産に登録された佐渡金山ですが、もう一つの目玉はトキでしょう。繁殖期に入っているニッポニアニッポンです。

佐渡と言えば大佐渡縦走となります。やはりガイド登山では大佐渡の稜線にあるドンデン山荘に泊まって早朝出発が定番です。今回はそのドンデン山荘の予約が出来てから様々な予約を押さえました。両津港に着いてはじめの予約はタクシーでした。運転手のおじさんがこんなに目立つネームプレートを持って迎えに来てくれたのには驚きました。ちなみに新潟交通佐渡というタクシー会社でした。


多少のアクシデントがあって、ドンデン山荘に着いたのは夕方。それでもということで裏山のドンデン山に登りました。写真のピークはドンデン山の北にある尻立山です。


篆書体(てんしょたい) の御料局三角点がドンデン山にもありました。佐渡の山々、江戸時代は幕府の直轄地で、明治になり皇室の御料林になりました。その時に設置された宮内省御料局(皇室の領地を管理する部署)の三角点。味わいのある字体です。


ドンデン山荘


ドンデン山荘の宿泊予約はとてもハードルが高いと勝手に思い込んでいたみたいです。実はそんなことはなくて、もっと気軽にコンタクトを取ればいいのかな?と思いました。気が重くなるくらい5月のフラワーシーズンの佐渡は混みます。あくまで登山者目線ですけど。男性は僕だけだったのでこの広い部屋でした。


前夜からの雨は激しく降ったのですが、朝には止んで無事に出発。


この春は各所で雪の多さが指摘されていますが、ここ佐渡でもそうで、雪に押されて倒れた枝がとても邪魔な登山道でした。何より目的の花々が1~2週間は遅れている感じでした。


雪が融けたところから春はやってきます。形の良いザゼンソウ。


大佐渡の稜線。


今までは気が付かなかったのですが、サイズは小さいですがアリ塚です。[エゾアカヤマアリ]というアリのものです。超攻撃的なアリで、刺すことはありませんが”蟻酸(ぎさん)という毒をお尻から飛ばし、これが皮膚に付着すると炎症を起こすそうです。ドンデン山の北にある金剛山の山頂はエゾアカヤマアリのアリ塚に覆われていて、金剛山だけの話しかと思っていたら大佐渡の稜線にもいたわけです。


オオバクロモジの花。大葉黒文字という和名です。太平洋側のクロモジより葉っぱが倍くらい大きいので大葉ということらしいです。太平洋側より日照時間が短いので、より光合成をするために大きくなったという説です。


少しづつ青空も出てきました。


雪が融ければ起き上がる木々です。締まった雪ではありますが、踏み抜きとか崩れには注意ですし、場合によっては起き上がる枝でむち打ちなんてこともあります。


フッキソウ 富貴草 常緑でよく茂ることからのネーミング。


ユキワリソウ(雪割草・オオミスミソウ) 大三角草 三角草は葉っぱに3つのとんがりがあるから。


カタクリ 片栗 佐渡のカタクリの葉は緑一色、長野や新潟で見られるような斑が入っていません。


残雪に半分覆われたあやめ池。


あやめ池から雪の斜面は標高差約北100mです。金北山手前の難所です。雪が多かったので下部の灌木帯が埋まっていて助かりました。


花の時期にはこのトラロープが設置されます。念のために軽アイゼンを着けました。


トラロープの急斜面が終わっても、すぐに山頂というわけにはいきません。金北山山頂手前まで残雪が残ります。国仲平野と加茂湖、両津港が見えています。


山頂の三角点は驚くところにあります。


雪が融けたところから春になります。フキノトウが凄いのは雪国ですね。


山菜のコゴミもたくさん生えていました。


最後は防衛相管理道路という林道を歩いて白雲台に下りました。事前に予約していたタクシーが待っていてくれました。加茂湖近くの宿や夕焼けの美しさをアピールしていましたが、その通りの夕焼けを見ることが出来ました。


夕食のズワイガニ


佐渡3日目の朝日です。朝5時から行動したのはトキの観察です。田植え真っ盛りの水が張られた田んぼが輝いていました。


振り返ると水面に大佐渡縦走路映っていました。一番高いのが金北山です。


この時期のトキは繫殖期に入っていて、雑木林にコロニーを作っています。雑木林から夜明けとともに餌場に飛んでいくときの姿を見ることが出来るという狙いはドンピシャでした。足の短い(サギのようなシャープさがない)どこかずんぐりした説きを8羽も見ることが出来ました。


トキの越冬する国仲平野の田んぼにも行きました。


レンタカーで移動して、小佐渡の里山にある「佐渡トキ保護センター観察棟」の巨大なケージです。必ずトキが見られる施設ですし、観光バスは入れないので静かに観察できます。


佐渡トキ保護センター観察棟の入り口。現在佐渡島には600羽を越えるトキがいるそうです。


佐渡の最後は世界文化遺産に認定された佐渡金山。江戸~明治~大正~昭和と推移した坑道を歩きました。


動遊の割戸です。江戸時代の露天掘りの跡で、V字に割れたツインピークが佐渡金山のシンボルです。


道遊というのは鉱脈につけられた名前のようです。江戸時代に手掘りをするのに優良な鉱脈だったそうです。少し北から、大切山坑から見た道遊の割戸です。


佐渡奉行所跡です。採掘した金の精錬と大判小判作りが行われていた重要な場所です。


江戸時代に奉行所(ぶぎょうしょ)に設けられた現在のいと言える白州。なんでひれ伏しているのか?気分は悪くなかったんですけど…


佐渡相川の金山の門前町と言える京町通です。2泊3日の佐渡の山行もグランドフィナーレみたいな流れです。


最後の食事は京町亭。スタンダードなカレーも佐渡金山を表現していて、エア椅子が2つ盛られているのは佐渡金山のシンボル道遊の割戸です。


トキのフルーツパフェ。このメニューにも佐渡がちりばめられていました。


スポンジに金箔がふりかけられ


小さなクッキーは佐渡島の形。


相川から両津港に移動してジェットフォイールに乗船。普段自家用車での移動がほとんどの僕には、決まった時間での移動は苦手です。遅れたら目も当てられないわけで、むちゃくちゃ緊張していました。それでも船に乗ってしまえばホッとします。のんびり窓の外にドンデン山が見えて佐渡島を離れました。