2019年11月3日日曜日

谷川岳

谷川岳のリクエストをいただきました。折角なので丸ごと谷川岳を味わおうと上越線土合駅からスタートした朝。単純に谷川岳ロープウェイから山頂をピストンしたのではもったいないということなんです。上越国境といわれるこの中央分水嶺は厳しい自然環境にさらされています。それを実感していただきたいという思いもありました。出発の土合駅舎。


山梨に住んでいる僕は全く実感ありませんが、関東地方のクライマーは上越線の土合駅は特別な場所だったと思います。都内から夜行でこの駅に着いて谷川岳を多くの登山者が目指しました。登山史の中にも登場する特別な駅という印象です。すごく変わった駅でとりあえず462段の階段を上越線のホーム目指し下ります。上の写真の駅舎とトンネルの中のホームまでの標高差は約70m下るんです。


長い階段を下っただけで特別な感じの土合駅。


駅のホームでここまで何の表示もない駅も珍しいと思った写真。とてもシンプルです。


1時間に一本もない時刻表。通過本数が少ないので、8:38のこの便を逃すと約1時間後の列車になってしまうので、山梨を出るときから緊張しまっくっていた僕でした。間に合ってよかった!長いトンネルの奥の方に列車のライトが見えてなかなかやってこないぐらいの距離感が面白かったです。


約10分で到着の土樽駅です。群馬県から新潟県の駅に降り立ちました。


トンネルを抜けると雪国だった、という有名なフレーズの清水トンネルを抜けての新潟県入りです。土樽駅の駅舎。トンネルの上は谷川岳っだったという事になります。


茂倉岳登山口。


ブナの森の急登を登ってすれ違ったド派手な登山者。なんでも宮崎県からいらしたそうで、あの田中陽希(敬称略許してね)がこのエリアで行動しているらしいということ。この方はゆうべ谷川岳肩の小屋で田中陽希と一緒でこのサインを書いてもらったということでした。なかなか達筆じゃん!


ネズコのハードルに苦労しながら進みました。


矢場ノ頭1490m。この上越国境稜線といわれる尾根の凄いところ、この標高でもう森林限界なんです。ここから先は高い樹がありません。それだけ厳しい環境であるという証しと、雲がなければ展望が素晴らしいということでもあります。


なだらかな苗場山と大源太山の尖がったピーク。


ドウダンツツジの紅葉




茂倉岳避難小屋。


20人は泊まれる広さと清潔な小屋の中。この日は貸し切りでした。この快適さをキープしていただいている方々に感謝です。


下って1~2分の水場。なんといってもこの水場の存在はゆるぎないです。この存在で茂倉岳避難小屋の価値が保たれます。


夕方になって落ち着いてきた空の様子。


目まぐるしく変化した雲でしたが、一瞬素晴らしい雲海が広がりました。西の平標山の方を見ています。何も期待してなかったので、たまたま外に出て広がっていた雲海でした。


明るくなって出発した翌朝。茂倉岳避難小屋から茂倉岳山頂までは15分です。


一ノ倉岳。この景色、高い樹が存在しない景色が上越国境稜線の特徴といえます。


目まぐるしく変化した雲。


茂倉岳にかかる雲、これが取れればスッキリじゃん!なんて思ってみても叶いませんでした。でも時折現れる青い空の色と、激しく変化する雲の様子には楽しませてもらったって感じです。


西に続く稜線と雲。


覗いても何も見えなかったノゾキ。一ノ倉沢を覗く場所。


濃かったり薄かったりの雲の間を歩きました。


双耳峰の片方のオキノ耳。トマノ耳はガスに包まれました。


ガスガスの肩の小屋で休ませていただきました。


ゆうべ泊まったということでここにもあった田中陽希のサイン。


天神尾根を下りました。夏に歩くのは初めてでしたが、意外に歩き難くて厳しさを感じた登山道でした。おまけに下るにつれての雨模様だったからたまりません。


整備の様子もちょっとくたびれていました。


谷川岳を丸ごと堪能するってコンセプトだったので、帰りは谷川岳ロープウェイを利用しました。


ロープウェイで下って車道を歩きます。土合駅までは20分くらいでしょうか。途中、これも谷川岳というところを通ります。魔の山といわれる、谷川岳遭難者慰霊碑です。一つの山での犠牲者の数がギネスブックに載っている谷川岳です。800人を超える遭難者の名前が刻まれている碑。なんと今年も新たに2名の方の名前が刻まれていました。


0 件のコメント:

コメントを投稿