2026年10月23日金曜日

米子大瀑布

それほど気にかけていたわけではありませんが、草津温泉に泊まった翌日、どうしようと考えていたら「米子大瀑布」はどうだろう、ちょっとしたドライブでしたが、志賀高原も草津白根山も四阿山も大きな山塊と捉えれば、米子大瀑布もその中に入るでしょう。ここからは根子岳への登山道もあります。紅葉がピークであること、週末はマイカー規制があることなどの情報でしたが、紅葉の始まりから約一か月間、協力金という名目で1,000円徴収されるということは知らないまま向かった駐車場でした。


米子大瀑布(よなこだいばくふ)は長野県須坂市にあり、日本の滝百選や国指定名勝に選ばれている絶景スポットです。米子川沿いの整備された歩道を歩きます。


途中にあった石碑


山岳修験道の霊場として知られています。童子と読めます。ヤマップの情報「不動明王の使者である36人の童子たちが、参道の起点から奥之院に向かって1番から36番まで順番に配置されています。平面的な岩石(自然石)に、不動明王の姿、番号、そしてそれぞれの童子の名前が陰刻(彫り込み)されているのが大きな特徴です。」 


整備された道です。米子不動尊奥之院への参道ということになります。


米子不動尊奥之院です。


「不動滝(白龍の瀧)」落差約89mだそうです。


本当に紅葉真っ盛りできれいでした。


「権現滝(黒龍の瀧)」落差約82mだそうです。


沢を渡り広々した鉱山跡。


「この地で硫黄の採掘が始められたのは、江戸時代前期からとも言われますが、詳しいことはわかっていません。
享保年間(1716-1735)、米子村(現須坂市米子町) の竹前権兵衛・小八郎兄弟は、幕府に良質な硫黄を売り、その資金を用いて新潟県新発田市市紫雲寺地区 (旧紫雲寺潟)の一大干拓事業を行い、同所に米子新田を開きました。
明治になり、須坂硫黄会社、信濃硫黄株式会社などが採掘を行い、昭和9年には中外鉱業株式会社に引き継がれ、昭和35年の閉山まで、硫黄を中心に蝋石、ダイアスポアーなどを産出しました。
米子鉱山から須坂駅まで全長14kmを超える索道 (リフト)が架けられ、硫黄が搬出されました。硫黄の需要が増大した第2次世界大戦当時には、この地に生活する鉱山従業員とその家族は1500人を数え、 診療所を共同浴場、学校などが整備された山の集落へは、この索道を使って須坂から多くの物資が運ばれていました。 」


広々した硫黄鉱山跡地は、米子大瀑布を見る絶好の展望台です。トイレもあります。


とうじの写真が飾られていました。


右の不動滝と左の権現滝

曇りがちの空で、美しい紅葉の様子の写真が撮れませんでしたが、帰路に太陽が出てきました。


その様子の動画です。

2026年10月20日火曜日

栗駒山

紅葉の栗駒山というリクエスト。宮城県・岩手県・秋田県にまたがる栗駒山です。主要な登山ルートは宮城県のいわかがみ平と、岩手県の須川温泉です。いわかがみ平の駐車場に新しい動きがあったので書いておきます。いわかがみ平に向かう途中からも稜線の紅葉が良い感じに色づいているのがわかりました。東栗駒山の左奥に栗駒山です。


紅葉の時期、全国から押し寄せる登山者です。「ぎゅぎゅっとくりはら」というサイトに紅葉時期の交通渋滞対策の諸々が書かれています。「※令和8年度より臨時駐車場の一部に予約エリアを設けました。」という文章に注目しました。


いこいの村栗駒跡地臨時駐車場で車を停め、シャトルバスでいわかがみ平に行きます。駐車可能台数約700台だそうです。いこいの村栗駒跡地臨時駐車場からいわかがみ平の間の交通規制期間は令和8年9月30日(水)午後5時から10月18日(日)午後5時までだそうです。それ以外はいわかがみ平には自家用車で行けるようです。
シャトルバス運行期間は令和8年10月1日(木)から10月18日(日)まで ※上り最終便:午後2時20分発、下り最終便:午後3時00分  シャトルバスは往復1,000円。ネットで事前決済が出来ました。そして一番の変化は臨時駐車場がネット予約出来るようになったというところ。予約数が多くなるとどうなるかはわかりませんが、駐車場予約とバスチケットの事前決済をネットでやって行った栗駒山でした。初日だったので交通誘導員以外に何人もの町役場の方たちがいました。


バスチケット事前決済組と当日購入組に分かれて乗車でした。当然事前決済組が優先的にバスに乗ることが出来ました。午前6時から午後3時30分まで20分ごとにバスは来ます。(乗車時間:約20分)大した違いではないのですが、優先的に乗れるというのはとても安心でした。バスチケット事前決済と駐車場の予約はこの時期に栗駒山に行くなら絶対におすすめです!今年初めての試みということでしたが、これは定着すると思いました。


いわかがみ平。ここから登山道です。トイレもあります。

傾斜はゆるいものの、意外に段差が多い登山道です。小さな梯子があったりします。

新湯沢のロックセクション。右岸から左岸に渡ります。

東栗駒コースは沢を渡った後の急登をこなすと展望が広がります。急登と言っても等高線3本分くらいです。

東栗駒山。三等三角点「新湯森」の三角点柱石は見つけることが出来ませんでした。

神のじゅうたんと言われる栗駒山の紅葉です。

東栗駒山山頂。奥に栗駒山の山頂です。

遠くに焼石岳1547mが見えています。あちらも紅葉している色が確認できました。写真では黒い塊ですが右奥です。

やはり赤が映える紅葉です。ミネカエデ、コミネカエデ、サラサドウダン、ナナカマドなどです。

栗駒山最後の登りは階段

栗駒山山頂

山頂から西に延びる尾根の紅葉もしっかり色づいていました。秣岳(まぐさだけ)方面の尾根は「天馬尾根」と呼ばれ、「まぐさ」はそのまま馬の飼葉のことみたいです。だいたい栗駒山も駒ですし、周辺には馬にちなむ地名が多いみたいです。

山頂直下で中央コースに入ります。正面の沢が新湯沢です。

中央コースは神のじゅうたんの中を通りますが…


ずっと石畳がいわかがみ平まで続きます。ゲンナリする登山道が中央コースだというのは僕の感想です。

いわかがみ平に戻りました。いこいの村栗駒跡地臨時駐車場までシャトルバスに乗ります。帰りは特にチェックされることもなくそのままバスに乗ります。20分毎に運行されているシャトルバスです。

2026年10月9日金曜日

吾妻山

8月下旬の山行でした。2泊3日で行った、日本百名山の吾妻山。吾妻連峰とも言われる吾妻山です。福島と山形にまたがります。練りに練った山行だったので記録しておきます。新幹線で合流前に借りたレンタカーは黒のアルファード、なんだか反社の車のような…


移動で中途半端な時間にスタートなので、吾妻山の南の安達太良山方面に行った1日目。写真は沼尻登山道から見た、硫黄川の白糸の滝です。硫黄川は猪苗代湖に流れます。

登るにつれどんどん大きく広がって見えた沼ノ平。沼ノ平は直径1km以上の噴火口です。これを下から登って見たかったので沼尻高原から登ったわけです。


沼ノ平の外輪山の写真、この溶岩壁の周辺がわかりにくいという情報でしたが、ここは壁の右側に大きく巻きました。

外輪山の火口側は障子ヶ岩と言われ、ある程度は火口の縁を歩きますが途中に小さな池があってそこで分断された壁が一段高く立ちはだかります。その壁の下を西に回り込むと弱点のガリーがありそこから上に行けました。


分岐点、左に行くと安達太良山の馬の背方面。右に行きます。


船明神山1663m、まともな山頂標識はなかった標高点


指呼の距離の安達太良山でしたが、時間がなく下山しました。


沼ノ平の全貌。これが見たかったわけでしたが、3日目の西吾妻山で沼ノ平の縁が見えたのは驚きでした。


横向温泉の宿で温泉を堪能し、2日目は東吾妻山。スタートの浄土平


浄土平から西に向かい、酸ガ平避難小屋経由で一切経山を目指します。


風がだいたい10m/sの中、稜線に出ると吾妻小富士が良く見えました。


一切経山の山頂。平安時代に仏教の経典を埋めたといういわれです。石が積まれた山頂は経塚と言っても良いのでしょう。広い吾妻山の中でここは絶対登っておかなければならないピークです。


一切経山をピストンして鎌沼という火山湖の畔の木道を進みます。


皮ごと食べられるブドウ、シャインマスカットは登山向きです。ごちそうさまでした!


鎌沼の縁をぐる~ っと回った姥ヶ原の分岐。東吾妻山の山頂はガスの中でした。


ゆるやかな登山道でも草刈りがされているのは有難いです。


ガスの中で展望がない東吾妻山の山頂。


東吾妻山の山頂から戻って姥ヶ原でやっと青空になりました。


浄土平に戻ってきました。まだまだ余力を残していたので吾妻小富士にトライです。吾妻小富士は新幹線に乗っていても、東北道を走っていてもピカイチの存在感です。標高が1707mなので主役にはなれなかったわけですが、こんなに小さなコニーデ型の富士山みたいな山は誰からも愛される存在でしょう。


吾妻小富士の最高点に向かって一周しました。


観光客も登る愛されている吾妻小富士なので整備されています。浄土平を見下ろして。


福島の浄土平から山形の米沢に移動した夕食は「義経焼」、ジンギスカンです。これは元気が出るのでぜひ召し上がっていただきたかった食事です。ここで夕食を取れたことにとても満足したのは僕でした


吾妻山、いくつものピークがありますが、絶対に押さえなければならないピークは一切経山、東吾妻山、西吾妻山です。西吾妻山が一番標高が高いので、ツアーなんかは西吾妻山に登るようです。西吾妻山も複数のルートがあるわけですが、天元台スキー場が最短なので3日目登ったわけでした。


天元台はもともと硫黄鉱山で、そこに出来たスキー場。サマーシーズンは西吾妻山で売り出しています。


ロープウェイで天元台の平らに登った後は、3本のリフトを乗り継いで標高1800mまで登ります。


リフトの後ひと登りで稜線に上がれます。高層湿原が広がる天空の楽園のようなところですが、あいにくの曇天。それでも遠くの山々が見えていました。


ゆるやかな稜線なんですが、もともと火山なので岩だらけです。


展望のない西吾妻山2035m山頂。日本百名山の吾妻山に登るんだったら、一切経山、東吾妻山、西吾妻山に登るべきだと思います。一番高い西吾妻山です。


山頂からリフトに戻る間、雨雲が迫っていたにもかかわらず展望は良かったです。写真の真ん中が一切経山です。左の台形が家形山。その間に魔女の瞳と言われる五色沼があります。全体の名前の吾妻山、四阿(あずまや)造りの屋根に似ている山容がから、「あずま山」とも「いえがた山」とも呼ばれいて、これらを総称して吾妻山と呼ぶようです。


中吾妻山の稜線が手前に黒く見え、左奥が東吾妻山、右側に安達太良山の沼ノ平の縁が見えているので(木が生えたいない白っぽいところ)プチっとした安達太良山が見えています。登った山はよくわかるので、1日目に沼ノ平に登っておいて良かったです。


天元台のロープウェイとスキー場のリフトを使う山行は簡単ではありません。気象条件で停まってしまうロープウェイだけではなくリフトも停まったりします。この時は下山時に利用する3本リフトのうち最後の一本が運休になってしまい歩いて下りました。運休になったロープウェイですが、往復の料金は払っているからか、ハイエースのお迎えが来てロープウェイ横の車道で下りました。冬も来たことがあるけど気難しい天元台です。