2018年11月11日日曜日

上高地読図

上高地です。またも読図です。もうこの時期は閑散としていて11月15日(木)の閉山式を待つばかりという感じです。沢渡の駐車場も乗り合いタクシーはなかなか成立せず、ガラガラの30分おきのバスを待つ感じです。


前日の雨上がり、急速に回復する天気、おまけに高めの気温。


ガイド協会のアルプス山荘はとても快適です。食事もうまいし風呂もあります。


カラマツの葉も落ちだいぶ視界がきくようになりましたが、冬がもうすぐって感じです。


水たまりに青空が写ってこれまたきれい。


明神館はもう閉まってました。上高地の読図、なんとなく地形図を見るんではなくしっかり標高点を確認します。なぜその場所と言えるのか複数の条件を探します。例えば梓川河畔から見える徳本峠は本当に峠そのものが見えているか?だいたいではなく等高線をしっかり読み切ります。当然正置をしたうえで同定します。


「上高地といえば、ケショウヤナギ、ケショウヤナギといえば上高地」と親しまれているケショウヤナギです。上高地を代表する木です。葉が落ちて目立ってました。


嘉門次小屋の寄って


嘉門次の使っていた銃と、ウェストンから友情の印として贈られたピッケルを見せていただきました。


梓川右岸の歩道を歩きます。右側の明神岳方面からの尾根と沢を確認しながらです。


思わず足が止まる岳沢湿原。


大正池の北側まで来ました。池に映る焼岳。


焼岳から西穂高岳に通じる尾根の同定です。割谷山南東面の尾根と沢も観察し同定。


田代池。


田代橋から西穂高岳の登山道を登って、1660m標高点までの等高線の変化と実際の地形を確認。


パワーをもらえそうなカラマツの大木。


お猿がたくさんわが物顔でいました。田代橋の欄干です。


ウェストンのレリーフ。様々なストーリーです。


嘉門次の弟子と言われ、多くの人に慕われた内野常次郎の碑。槇 有恒の揮毫です。


山に祈る碑のジオラマチックな立体地図。


冬が来る前に地図読みに関係する様々を2日間みっちり研修しました。


2018年11月6日火曜日

深南部おまけ

深南部の山行の生活編です。ちょっとした工夫で装備も変わるし、行動時間にも関係します。小さめテントの手持ちがシングルウォールなので、寒暖の差が激しいこの時期は結露が憂鬱。なのでツエルトにフライシートというパターンにしました。


ツエルトを立てるためのポールはストックです。ガイライン(張綱)を用意して張ります。ツエルトを張る場所が決まってまず準備するのは枝です。地面に押し込んでも簡単に折れそうもない強度を持った枝。いつも手持ちののこぎりを持っているのでそれを使って、地面に刺すほうを斜めに切って準備します。意味としてはペグです。今回のツエルトとフライのパターンだと10本。


まずツエルトの四隅を手持ちの金属製のペグで固定します。もちろんグランドが岩だと通用しませんがこれは基本です。臨機応変にお願いします。


四か所を固定するとメインのポールは一人で立てることが出来ます。ポールを立ててガイラインで固定するのに準備した枝を使います。


何で枝かというと、全てのプレースメントを金属のペグにすると必要な本数は14本。いくら軽いペグでもその数を持つくらいなら食事の米に変えたほうがエネルギーになります。基本僕もツエルトの四角を固定するために4本のペグを持っていますが、それも本来なら枝に変えられます。枝もペグのように真っすぐでなくてもいいんです。地面より長く出ているほうが蹴飛ばす心配がありません。なにより枝ペグは翌朝そのまま捨ててこれます。


ツエルトを立てる時、石でも枝でも動かないものを使うという手もあります。


ツエルト、フライシートを張ってグランドシートを中に敷きます。ツエルトの側面真ん中に細引きを着け引っ張って、中の空間を作るというパターンはやりません。中に入ってザックを置いたりすれば空間は出来ます。


日没までに時間があればこんな楽しみも。始末はしっかりやります。


水の確保が生命線です。水の確保と寝る所が大事です。容器ですが、プラティパスなどの折り畳み式のものと口の広いナルゲンボトルのセットです。整備されていない沢での給水なのでプラティパスでは上手くいかないこともあります。広口の容器があると入れやすいので面倒でもそこから折り畳み式の容器に入れるとなります。源流での水の確保なので水量は少ないからです。


シラビソとオオシラビソ(左)。並べてみると一目瞭然です。混生しているので比較できるわけです。


横から見てもボリュウムの違いで判ります。シラビソより柔軟性に富むオオシラビソと教えていただきました。今回標高2000mくらいより下ではトウヒが圧倒的に多かったです。


六呂場山手前であった登山者。1泊2日の装備で当然テント泊。何が言いたいかというと、ザックの外に何もぶら下げないということです。やぶ山では大事なことです。


そして食糧。
メインはα米。1泊や2泊なら生米でご飯を炊きますが今回は回数も多いのでα米でした。あとは水と時間と燃料の問題もあります。限られた水の量で2人分の夕と朝の2回の食事と行動中の水をまかなうこと。午後5時過ぎにはヘッドランプのお世話になる事。ガスカートリッジは2個+予備1個。火器はジェットボイル(容量1ℓのミニモ)、専用ゴトク。α米とアマノフーズのおかずシリーズとみそ汁、基本お湯で食べれるものです。それを工夫しておいしくいただきます。朝は雑炊かシリアル、スキムミルクにクリープを混ぜたものを牛乳の代わりに使いました。森永クリープを入れないとだめです。お昼は棒ラーメンかパスタ。パスタはゆで時間1分のもの、ゆで汁でスープです。一番よかったのは朝の雑炊です。腹もちが良く食べた感がありました。包装から出しまとめて運びやすくした食材。


無駄なごみの包装はごみ箱行きです。


α米は2㎏、これは分量を間違えて足りませんでした。標準的なα米一人分は100g、生米は150g、1回50gの違いは夕食だけで、2人分で100g夕食7回で700g、雑炊分を加えれば1㎏近い違いになります。明日への活力のために少しアルコール(50度のウィスキー)も持ったので食料関係だけで10㎏を越えました。
α米の調理について
ふつうは買ったままの容器にお湯を入れて15分待って食べるですが、ぜひおすすめの調理方法があります。中くらいのコッフェルに2人分のα米を入れて水を注ぎます。水の分量はだいたいでいいのですが2人分で400mℓくらいでしょう。強火のコンロにかけて沸騰したら弱火に、水を含んでお米にもどったα米の水分が飛んで香ばしい香りがしたら、コンロから降ろして蒸らします。水の量がいいかげんだったのでばらつきはありましたが、毎食おこげが食べれました。α米でおこげ!


標高の低いところで初めて見たキッコウハグマの花。キッコウハグマは山梨で見たことありません。


2018年11月5日月曜日

大根沢山

深南部の山行の7日目の朝は光小屋でした。素晴らしい夜明け。ハイマツの南限調査というのが目的の山行、ただ縦走するわけではなかったので時間のコントロールが難しかったのですが、ここまで来ると終わりも見えてきたという感覚でした。しかし、信濃俣、大根沢山という大きなピークが残っているので最終日にはならないだろうと思いながらの出発。


登山道わきのお地蔵様。以前なら光岳から百俣沢の頭を経て、寸又川左岸林道に降りて延々林道歩きで寸又峡温泉に行くルートでした。その道標を兼ねていたのだと思います。その道は今は使えません。


百俣沢の頭方面の2542m標高点。ハイマツの群生の南限といってもいい場所です。


百俣沢の頭2418m横の広がった稜線。山頂標識があった場所です。


富士山がきれいに見えました。


古い標識。今では一般的な登山道という認識がない深南部の山々です。昭和の時代は今とは違うとらえ方だったかもしれません。今では上級者のみが入ることを許されるエリア。


 オオシラビソの森。


信濃俣のピーク。


信濃俣山頂の三角点柱石。


信濃俣山頂西の崩れから南アルプスの主稜線が見えました。上河内岳や聖岳です。


尾根の分岐の椹沢山というピーク。信濃俣の南のピークです。


終始一貫して登場の倒木。


それまでとは違い、椹沢山から大根沢山までは痩せ尾根がたびたび登場します。


頭に雲の大根沢山。やはりこの日に大根沢山には届きませんでした。こうなると水を確保して泊まる場所を探さなくてはなりません。


ブナの大きな木が増えた標高1800m台に広いところを見つけました。大根沢山までは約400mの登り返しがあるので迂闊に突っ込めません。少し早めですが仕方ない感じで泊まる場所にしたブナとダケカンバの森。


水は西の谷で見つかりましたが水量が少なく、水をためるのに時間がかかりました。それでも水の確保が一番大事です。


快適なテン場でした。


8日目の朝も痩せ尾根は続きました。最低鞍部からその痩せ尾根が続いて侮れない大根沢山です。


岩だらけの小ピーク。ここはクライムダウンでした。


大根沢山の一番高いところにあった宮標石。


最高点の南にあった三角点と山頂標識。


南側のガレの淵まで下って最後の調査で、ハイマツがないということの確認でした。ガレの向こうに、今回の山行の前半部の不動岳がひときわ立派に見えました。


不動岳から北の山々も見渡せました。右の双耳峰が池口岳です。


田代沢の頭からの激下り。大根沢山からはマーキングがしっかりありました。


ここで3回目の登山者との出会い。8日間で4人、3グループ目のすれ違い。


紅葉真っ盛りの標高の低い里山にまで来ました。


長い尾根の最後に畑薙第一ダム。


7泊8日の山行の最後は白樺莊のお風呂。お疲れさまでした!