2021年6月17日木曜日

あばれ川 姫川

糸魚川から松本までの千国街道(ちくにかいどう)約120km、新潟長野7市町村にまたがるロングトレイルは11区間に分けられています。並走する大糸線を使ってそれぞれの人のペースに合わせプランニングできるわけです。写真は八方尾根と白馬連山


今の国道148号線の下、姫川沿いの旧道。凄まじい新旧国道の交差点だと感じました。


中土駅に車を置いて大糸線2駅先から歩きはじめ、約4つの峠を越え中土駅に戻ってくるという鉄道を使った周回ルートです。


新潟県の平岩駅。この日はここから4つの峠越えの塩の道千国街道です。


平岩の姫川の流れ。平岩の方に聞いたら平岩の名前の由来は姫川の中州の平な岩からだということでした。この岩かもしれない⁉


踏切の名前が葛葉。ここではとりあえず葛葉峠を目指しています。ドンピシャの地名が登場です!


平岩駅から20分でこの公園。稜線上の低いところが葛葉峠。そこを目指します。右の低いところです。


ずっと車道を歩いていくのですが、こんな道路標識に雪国を実感します。山梨にはこんな標識はありませんし、見上げれば雪崩防止柵的なものが道路わきにあります。


葛葉峠の登りに登場する巨大な観音像。眉間の白毫(びゃくごう)と眼球はヒスイだったとか。昭和44年開眼


姫川の流れと平岩集落と明星山。


葛葉峠途中で圧巻の存在の歩荷トチノキ。


歩荷トチノキと明星山。


葛葉峠までは車道歩き。国道148号線の旧道です。


ちょっと寄り道。実は葛葉峠の下りがわからなくてテキトーに入った工事用道路で、あばれ川姫川の現実を垣間見たという話。写真正面は姫川右岸の真那板山です。この下に姫川が流れています。逆光で分かりにくいんですが正面の沢には木が生えていません。500年前と1000年前に正面が崩れ、対岸こちら側の左岸まで土砂で覆われ、葛葉峠はその時の土砂で出来ているのだそうです。


対岸からの土砂は姫川をせき止め天然ダムを作ってしまいました。やがて決壊し甚大な被害を流域にもたらしました。今も対岸からの土砂は不安定なので砂防工事が続いています。


姫川の流れと国界橋。


平らでだだっ広い葛葉峠の南端の標識。


ベンケイソウの仲間のキリンソウ。麒麟草みたいですが、和名ってのが黄輪草。黄輪草の方が可愛いですね。


ウリノキ 葉っぱがウリに似ているということから瓜の木です。花弁がクルクルっとカールしていて面白いと思いました。たくさん咲いていました。


新潟長野の県境の国界橋です。国道わきのスペースからは先ほどの真那板山から葛葉峠の世様子がよくわかります。それとは別に慰霊碑があります。姫川左岸支流の蒲原沢(かばはらさわ)で1995年(平成7)7月11日土石流が発生し、完成して2年目の国界橋が流されてしまい、復旧工事中の翌年多くの犠牲者を出しました。この硬玉は流された国界橋のもので姫川で見つかりました。文字の角が欠けてます。


今は通行できない旧国道148号線の橋。現在の国界橋から見上げるようなところを通した理由は葛葉峠の脆弱な地盤に関係していると思いました。


こんなハードな場所の塩の道。よく観察しないと歩き通せません。階段で橋の下をくぐって猫鼻に向かうなんてびっくりでした。


猫鼻の石仏群。


営業していた湯原温泉。


湯原温泉で飼われているヤギさん2頭が道先案内をしてくれました。


再び国道に出て脇道の上に見えた塩の道の案内板。


前沢にかかる橋は壊れていました。前沢左岸の立派な案内板を信じて登って来たら、全く整備されていなかったというオチです。


また国道に下って前沢に架かる橋を渡り右岸に渡りました。歩道に印された塩の道のサインか立派な案内板に従うか迷った二者択一でした。


この道標に従った方がいいようです。


天神道 城の越(じょうのこし)。峠らしい乗越で、前後の道は正しく古道って感じです。


城の越よこの高台の三峯様。


旅の安全を願う大日如来の石仏。


塩坂を下り国道148号線に出てきました。


道の駅小谷の恐竜のモニュメント。1億9千年前の恐竜。北小谷小学校で出土した足跡の化石から復元されたイメージで、○○ザウルスとかの名前はないみたいです。1995年(平成7)7月11日土石流で小谷村は孤立しました。国界橋が流されるくらいの被害は全村に及んで、その復興記念のモニュメントです。


来馬(くるま)は大網(おあみ)、千国(ちくに)と小谷三宿のひとつでした。明治44年8月8日、日本三大崩れで有名な稗田山(ひえだやま)が崩れ、姫川左岸の支流浦川を流れ天然ダムを作って来馬川原の街道は壊滅。来馬宿はただの河原の現在です。その河原の横をひたすら進んでぶつかる松ヶ峯という小尾根には古道がよく残されているということでした。


ただまだ草刈りがされていなくてちょっと心細い感じでした。


浦川の河原をひたすら歩きました。たくさんのミヤマカラスアゲハが水を飲んでいました。


振り返ると左奥に雨飾山、右にどっかりと大渚山(おおなぎやま)


浦川橋。この日の行程の一番しんどいところです。


右に高妻山、左に乙妻山。奥にうっすら見えました。


稗田山(ひえだやま)は中央右。今でも崩落が続いているのでしょう、河川工事は大規模でした。


幸田文の文学碑。


石坂集落の奥にある村境の塞の神が、約15kmのこの日の行程の一番高いところです。


姫川に沿った大糸線の中土駅が見下ろせました。何よりも目の前の立山の迫力がすごかった。


大糸線中土駅。


姫川の流れと正面に立山938.8m、左に平倉山823m。右に912m標高点です。国道148号線を糸魚川目指して走るとまるで兄弟の山みたいに思えます。

2021年6月11日金曜日

大丸戸尾根 

ゴトメキの南でテント泊した朝。ほぼ下るだけなのでのんびりした朝。せっかくなので大烏山までピストンして、大丸戸尾根で柳平に下ればそのままバスに乗れるという計画。まさかその大丸戸尾根で真剣な読図になる展開は想像だにしていませんでした。


ゴトメキから遠見山にかけて何か所か登場する草原。


樹間から北奥仙丈岳が見えました。


遠見山三等三角点2234.1m 点名「三枚笹」このピークは昔、大丸戸と呼ばれ、またの名を上遠見(わどうみ)と注釈が付いた古い本がありました。さらに南隣の小ピークに下遠見と山と高原地図に書かれているのはその名残かもしれません。三枚笹は遠見山南の笹原に二の萱、三の萱と名付けられたところがあることに関係しているかもしれません。


やはり地図をしっかり読んで進みます。


下遠見あたりの立ち枯れ。倒木がうるさいところ。


骨だけになったシカ。


富士山が見事なので、少しでも見えて良かったです。烏ノ尾根と大丸戸尾根の分岐がこの先にあります。


見事な天然のカラマツ。


大烏山に向かっています。振り返った写真に大丸戸尾根が見えています。左に落ちる尾根。


林道黒金山徳和線。この林道は地形図には載っていません。林道が尾根をのっこす峠状は堀切になっていて急なのですが、その急なところにこの標識。


このラダーが答えで、標識はラダーに導いています。でも急なので注意です。カラマツの幼木が邪魔をします。


烏ノ尾根の岩場。特に問題なく巻けます。


大烏山山頂。


最後のコシアブラを少しいただきました。


標高2100mくらいで合流する烏ノ尾根と大丸戸尾根。2030mまでは傾斜が緩いのでトラバースして大丸戸尾根に乗っかるつもりで行動。烏ノ尾根の①のところには三方向を示す道標があり、柳平のプレートは落ちていました。


①のポイント。柳平と書かれたプレートが落ちています。上に遠見・ゴトメキ、下に大烏と書かれた標識です。


②のポイントの写真。標識から北西に一本沢を確認した次の尾根が大丸戸尾根。②,③のポイントの左の沢地形の等高線はとがっているけど、右の等高線はほとんど変化がないというところ。


③のポイント。尖がった沢地形の等高線の実際。


④のポイント。上から見下ろしても水の流れが確認できたし音も聞こえました。水場です。


⑤のポイント。尾根の等高線がスムースに見えたけど、かなり細かく地形の変化があり(細かなふくらみとへこみ)、かなり高度な地図読みになりました。尾根を下るのは難しいです。


⑥のポイント。⑥の左の小ピーク手前のコルから林道に出たらあったゴトメキの標識。


牧丘町時代のものですが、どのくらい前に設置された標識なのかはわかりません。烏ノ尾根の標識と、林道黒金山徳和線に出たところの標識を確認できましたが、それはほとんど偶然みたいなもので設置者の意図がどこにあったのかはわかりません。その2つの標識の間には一切目印はありませんから、下る場合はテキトーに下っても林道に出るからいいやって感じでしょうか。赤の破線が歩いたルートで、薄い破線が林道に出た後のルートです。


どう下るか考えながら進む林道。林道がらみの注意点は法面がどうなっているかが地図ではわかりにくいということです。とても下れないブロック積みで懸垂下降なんてこともありますから。


林道の下からは林道も含め、人工的に変えられた地形が多くてとても分かりにくかった大丸戸尾根。


大丸戸尾根を忠実に下ると琴川ダムに行くと思います。左岸のダムの端が昔は鳥居峠と呼ばれていました。鳥居は金峰山講に由来します。旧鳥居峠方面はダム関連で自然な地形ではないので柳平にダイレクトに下るよう腐心しました。写真は旧牧場。


林道川上牧丘線が見えました。うまい具合に狙い通りに下れました。それにしても大丸戸尾根に鍛えられた感じの下りでした。烏ノ尾根から大丸戸尾根に移ればのんびり下るだけだって思っていたのが恥ずかしい。大いに鍛えられた大丸戸尾根だったわけです。


レンゲツツジがきれいでした。


柳平金峰山荘。


帰りの林道から見えた大烏山とヒナ岩。