2014年11月23日日曜日

這松尾から大黒尾根


峰山尾根の記事からの続きです。

上之切の三角点は、白根南嶺の稜線上に在ります。白根南嶺です。転付峠からの登山道は、主稜線の西側に付けられた、東海フォレストの林道を使って南下します。林道はその内心細くなって普通の登山道となります。僕らは主稜線を辿っているので、そこいらの事情は関係ないです。トレースがついています。これだけ大きい尾根だと、何らかの痕跡はあるもんです。全く問題ありません。 登山道と合流したところ。


天上小屋山手前の展望地

白根南嶺の主稜線、ツガやシラビソの森に絨毯のような苔むした地面、‘原生林’という言葉が思わず出てしまいそうですが、それは全く間違っています。白根南嶺の主稜線でも、大正時代から昭和30年代くらいに伐採がおこなわれていたそうです。ではなんて表現したらいいか・・・‘天然林’です。天然林とは、伐採などで人の手が入っても、自然の力で更新している森林のこと。伐採後も、周囲の樹木の種子が発芽・成長することで自然に森が回復されるようです。伐採をした後に種子が発芽して成長し、再び形成されたもので、これを‘天然更新’というそうです。

天上小屋山という名前、どことなく森林伐採と白根南嶺の主稜線がミックスしたような感じがします。


生木割と這松尾のピークが見えました。2383mの標高点あたりでびっくり!なんと僕の前3mくらいを歩いていたポぺニ先生の5m前に熊!

♪あるぅ日~森の中~くまさんに~出会ぁった♪

直後、熊は大井川方面に逃げ去り、ことなきを得ました。もう冬もやってこようというこの時期に2400m近い標高で何をしていたんでしょう?熊に対する注意は、もっと標高の低ところでやっていました。まさかこんな主稜線にいるとは驚きでした。


宮標石も出てきました。宮標石とは、標石の側面に丸くデザイン化された「宮」の文字が刻まれていて、明治時代に御料林(皇室所有地)とされた時の標石です。



クリスタルのような霜柱

生木割山頂。三角点で、現在地と標高の確認をします。


生木割なんてすごい名前ですね。凍裂という自然現象から付いた名前だそうです。僕はいまだ寒さで樹木が割れた、という音を聞いたことがありません。極寒の中すごい音がするのでしょう。
北海道にいたら体験できるのでしょうか?


生木割から這松尾のコルは上倉沢側がガレていて、大展望です。この日は風も弱く、気温もそんなに低くはなかったので、大展望を十分堪能出来ました。

南に双耳峰の笊ヶ岳


這松尾の直下


富士山 


左から、聖岳、赤石岳、荒川三山


這松尾の山頂部はリアル這松漕ぎになります。


ここはテント適地

大黒尾根に入ってすぐのガレから見た笊ヶ岳とランカン尾根


すっごい傾斜!


大黒山まで届かず幕営

3日目の朝は、強風で始まりました。前日2000m近くまで、頑張って下っておいてよかった!上の方は雪が積もったと思います。風花でしょうか、雪も舞っていた中でのスタート。ランカン尾根の大金山が見えました。


大黒山の手前のガレにあったハイマツ。1950mくらいのところです。この標高では珍しい!


ガレの様子。


このガレはとても展望がよかった。晴れていれば、笊ヶ岳の大武刀尾根やランカン尾根がばっちりみえるでしょう。


大黒山東の三角点標石

傾斜はあるものの、だいぶ歩きやすくなってきた林。里に近づいている感じです。


1380mピークの少し手前、すごい根っこ。1380mピークで、南の白石集落に下りるか、北の野鳥公園に下りるかの分岐点です。 


山の中で絶対的な基準となるのが、三角点です。分岐点の1380mのピークからは外れていますが 、地形もなだらかで面白そうだったから、南東の方角の三角点の探検に行ってみました。標高1316.33m三角点名「戸屋平」。アセビのジャングルの中に三角点発見。


山の中で驚くほど平らなこの場所を、戸屋平と呼んでいたのかもしれません。
巨大なヌタ場がありました。


1380mピークの西にあった、ただものではない感じのブナの巨木。


またしても熊棚エリア


大きな炭焼釜の跡

野鳥公園到着


吊橋を渡って駐車場の車に戻りました。


なかなか手ごたえのある山でした。この写真の右の尾根から登って、左の尾根から下ってきました。橋は野鳥公園と県道37号線を結ぶ橋で、早川本流に架かっています。正面の沢が黒桂河内沢。

クライミングの要素はありませんが、こんな山行をするためには山での総合力が必要です。





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