2016年11月7日月曜日

宝永山

富士山の南側、静岡の宝永山に行って来ました。所属している静岡山岳自然ガイド協会の研修です。エコツアー・伝える技術というテーマ。富士宮口五合目に集合してのスタート。写真は五合目の登山口です。


暖かい陽気で、富士山の厳しさが全くない感じの日。風もなくポカポカ陽気でした。


地面のスコリアがどうのこうの・・・エコツアーという感覚だといろいろ伝えたいことがたくさんあるのでなかなか前に進まない感はあります。


富士宮口五合目から登って、六合目の小屋の手前。ここは溶岩が流れ出した痕跡がある場所ということを初めて知りました。割れ目火口というのか火口列(火口が連続して分布する)というのか。


冬期通行止めの登山道。六合目の小屋の横のバリケード。


いい感じのカラマツの黄葉が残っていました。


講師の大嶽さん、いろんな小技を繰り出します。富士山にも尾根と谷があるということを言いたかった!


やはり特別感のあるランドスケープの宝永火口。迫力に圧倒されます。色っぽいという感想もあります。


宝永火口から宝永山への登りはしんどい登り。どうやって楽に登るアドバイスをするか?本当は楽ではないのだけれど、それでも無駄なエネルギーを使わないで登るためには、どんなふうに言ったらいいか?それぞれのガイドが持論を展開しました。


そのまんま夏道を登っても山頂に行けるくらいの陽気。


箱根の山もバッチシ見えてます。


1707年(宝永4年)、今の宝永第二火口が噴火して(下の写真の左側のくぼみ)、続いて第三火口が噴火して、宝永山が膨らんで、第一火口が爆発して今の形になったそうです。つい300年前のことなんです。


第二火口の縁から見た第一火口と宝永山。


第一火口と富士山頂。


樹林帯ルートで富士宮口五合目に戻りました。カラマツの葉がふかふかの道でした。


村山古道の道とクロスします。


富士宮口五合目からの帰りは朝霧高原を通ります。ススキの穂と夕焼けの富士山です。



2016年11月6日日曜日

茂来山

茂来山もらいさんです。「もらいやま」ではなく、あくまでも「もらいさん」。人名の最後に「さん」をつける感覚。郷土の誇り高い山という感覚。尊敬の念を込めて「さん」と呼ばれる佐久往還の佐久穂町の山です。国道141号線からも立派な山容が見えます。


国道141号線から299号線へ直角に曲がって武州街道。武州は武蔵国、今の埼玉県に抜ける道。
「茂来山コブ太郎」は、2000年に林野庁が次世代への財産として残すべき直径1m以上の樹木や地域のシンボルになっている巨大な樹木100本を選定したもの。コブ太郎は登山道の途中にあるトチノキです。


武州街道を流れる千曲川の支流の抜井川周辺、大日向地区は様々な鉱物が取れていた場所。地学の野外教室と呼ばれるくらい日本列島誕生以来の各時代の地層がみられ、各種の岩石、鉱物、化石を産する場所だそうです。

案内板の解説:たたら遺跡 嘉永元年(1848)から文久2年(1862)の幕末14年間に鉄鉱石による製鉄が行われた跡。付近から産出する鉄鉱石を使った溶鉱炉の跡。現在は調査の後、埋め戻されて青いシートで覆われています。
たたら製鉄は、江戸時代初期にその原型が完成した鉄づくりの技法。かつては日本の鉄の8割以上がこの技法によって生み出されていたそうです。村下(工場長みたいな役割、技術者)のもとにいる番子。番子がひたすら踏んで風を送りました。菅谷たたら(島根県)では番子は6人いて、1時間ごとに交代しながら三日三晩の連続作業をしたといいます。『かわりばんこ』の語源とされています。


抜井川の枝沢、霧久保沢の林道の途中に広い駐車場があります。駐車場からは30分くらい林道歩き。


しばらく昔の山仕事の道を歩きます。


とても歩きやすい道。


大きなトチノキ、コブ太郎です。樹 高 22m、胸高直径(地際から120㎝の高さ)169㎝幹周 531㎝樹齢推定250年のコブ太郎。


いちばん大きな、お皿のような葉っぱは山ブドウ。


炭焼き窯の跡がたくさんありました。


大王トチノキ登場。コブ太郎よりも樹齢が古くて立派なトチノキと言われています。


大王トチノキを過ぎると登山道の様子が大きく変わり、沢筋に付けられたそれは濡れ気味でとても滑りやすくて難儀しました。加えて傾斜があるので歩きにくいです。


茂来山は展望の山です。頑張って登ったご褒美の展望です。写真は浅間山方面を見ています。


とても冷たい風が吹いていました。たまらずツエルトを張っての昼食。


鍋焼きうどんであったまりました!


カツラの木の古い株がたくさんありました。朽ち果てた古い株の周りに若い枝がたくさん出ています。


ハウチワカエデを下から見てみました。


2016年11月4日金曜日

七人作り

山梨と静岡の県境の尾根にある大谷嶺、山頂から南に延びるやぶ尾根のことを「七人作りの峰」とか「七人作りの尾根」と呼びます。名前の由来はわかりません。七人作りを下りました。

写真は大谷嶺の山頂です。山梨側の言い方で行田山。標高が2000m、2000年の年はミレニアムピークということで、両県それぞれでもりあがった山頂です。山頂の西のピークの下に、山梨側からの林道(井川雨畑線)につながる標識がありますが、林道そのものが通れない現状からすると紛らわしい標識となります。


尾根の下りなので、ルートファインディングが難しい前提です。ガスっていますが、右側は日本三大崩れの一つ「大谷崩」です。


大谷嶺から南下する場合、まずの目標は「鉢櫃山はちびつやま」です。


大谷嶺と鉢櫃山の間に「アザミ沢のコル」があり、いったん下って登り返しという感じです。と淡々と書いてしまうと実感とは程遠いです。細かなアップダウンが続き、なんといっても大谷崩の縁を歩くわけです、落ちないようにかなり注意しなければなりません。


右がガレ、左は急傾斜のササ。ガスっていて展望がなかったのは残念でした。


鉢櫃山はちびつ山の山頂と思われるピーク。1912mの標高点。


七人作り全体を通じて一番厳しいのが、鉢櫃山からの下り。木とササを掴みながら下りますが、とにかく急な斜面です。


尾根の右側は大谷崩。


急斜面をこなしたところが「七段沢のコル」。鉢櫃山方面を振り返りました。ここも地形図には表れない細かなアップダウンでした。東側に七段沢という沢があります。


印象に残った苔むした倒木。


崩れを防ぐための山腹工事が行われている現場。稜線上に現れた工事現場にちょっとびっくり。作業員の方々も逆にびっくりされたことでしょう・・・


おそらく標高差400mを、このモノレールに乗って通われているのだと思います。


一瞬見えた大谷川の流れ。右手に大谷崩の扇の要があって、そこから扇状に崩れが広がります。


すごく広がった尾根の読図はやはり難しいです。難しいルート取りでした。


七段沢のコルの次の目標は1766m標高点。この辺りから厄介なことにササが頭以上の高さになったり濃くなったりしました。おまけに濡れていてレンズにも水滴が・・・


1766m⇒1612m⇒1489mと標高点を確認して尾根を下りました。ちなみに1612mの標高点は等高線が閉じていますが、ほとんど登り返しはありませんでした。

下のガレは、1357.9m三角点「七人作り」の手前の東のがガレです。


三等三角点「七人作り」の柱石。


最後は新田神社に向けてヒノキの植林地の下り。ここも急傾斜で長いので注意が必要です。