2025年8月29日金曜日

栂海新道

栂海新道は『つがみしんどう』と読みます。ツガの木が生えている標高2000mクラスの亜高山帯から北上して日本海の海まで通じる登山道という意味です。もう少し意味を広げると北アルプス北部の中心的な白馬岳がほぼ3000mなので、北アルプスの長大な山脈が、日本海の親不知まで通じていて、そこが北アルプス、しいては日本アルプスの最後だという意味もあります。その発想を初めにしたのは日本に登山文化を根付かしたイギリス人のウォルター ウェストンです。栂海新道の始まりの吹上ノコルからスタートするために蓮華温泉に前泊の初日でした。

まだ暗いうちの早朝に蓮華温泉を出発し、朝日岳に向けて登山道を進むわけですが、とりあえず兵馬ノ平まで下ります。

瀬戸沢に架かる立派な橋。だいたいですがここの標高が1160mです。1470mの蓮華温泉から300m下っていちばん低い瀬戸沢の橋を渡って、主稜線の2200m吹上ノコルまで1000mも登ります。

続く白高地沢に架かる橋も立派なものでした。正面に見えた五輪山。しばらく平坦な斜面でしたが、その先で本格的な登りになります。

五輪山東の五輪尾根の花園と呼ばれている高層湿原には、キンコウカやイワショウブが咲き乱れていました。

花園の水場はしっかり出ていました。


シロウマアサツキ。白馬岳周辺に多いということのネーミングですが、日本海側を中心に分布しているみたいです。

ハクサンコザクラ。いまだに残雪が残っているわけですから、順次雪が融けて咲きます。

主稜線の吹上ノコ。栂海新道の出発点ですが、幕営地も周辺にないため、朝日岳を越えた南にある朝日小屋にお世話になります。

朝日岳山頂。

朝日岳を登って下って、小屋に続く木道。

朝日岳と前朝日の間の朝日平にある朝日小屋。どこから行くにしても遠い小屋です。

朝日小屋の食事は有名で、富山名物の昆布締めのお刺身とホタルイカの沖漬けなんて、ここが山奥であるのを忘れます。

デザートの抹茶きんつばの名前はなんと「栂海新道」糸魚川にある長野屋さんのお菓子。

朝日小屋は朝食の提供がなく、まぜご飯と富山名物マス寿司の販売がありました。

蓮華温泉に前泊して、1日目に朝日岳を越え朝日小屋に泊まって、2日目の朝はまたまた朝日岳への登り返し。振り返って前朝日と朝日平に建つ朝日小屋です。

途中出てきた雷鳥の親子。

朝日岳の山頂から見えたのは、左から白馬岳、その横に別な字の旭岳2867m、右奥に剱岳。

吹上ノコルまで戻って来ました。進行方向の山を見ます。手前に長栂山2267m、右から黒倉山2070m、その奥右から明星山1188m、長栂山の奥の大きいのが青海黒姫山1221.3m、左側に犬ヶ1592.3m、白鳥山1286.7mなどが見えました。

登山道はおおむね整備されていて、栂海新道が開削されて50年以上、継続してその活動が続いているということだと思います。

長栂山の木道から振り返った朝日岳。

白馬方面も。手前右手に朝日岳、一番奥が白馬岳ですが、その手前に雪倉岳。

長栂山から下ってアヤメ平。

ミヤマリンドウがきれいにたくさん咲いてました。

黒岩平の水場は沢なので枯れることはないように思えましたが、上部に雪渓があったのでそれ次第かもしれません。

黒岩平、キャンプキンシと書かれています。


黒岩平の池塘


長栂山から黒岩平まではぶ厚い泥炭層がずっと続いていました。なだらかな斜面が泥炭で覆われている高層湿原が続いていました。


黒岩山は唯一のエスケープルートの中俣新道の分岐があります。地理院地図には表記がない黒岩山は1623.5mの三角点ピークです。ここから先のルートは中部山岳国立公園のエリアから外れ、栂海新道の特徴が出ている尾根道でした。


栂海新道の開削・整備をしている「さわがに山岳会」との関係はわからない(勉強不足ですみません)さわがに山。



稜線から見下ろした小滝川西俣沢には雪渓が見えました。たくさんの雪が降るエリアです。細かなピークが連なる尾根に作られた登山道は、巻き道が全くありません。尾根上の小さなピークも全てトレースするつがみ新道だという所がこの道の厳しさです。巻き道は雪の重みで崩れてしまうので作れないのだろうと思いました。


北又の水場。犬ヶ岳の肩にある栂海山荘に泊まるときの、日本海に向かうコースの大事な水場です。それでもこの水場から栂海山荘まではかなり急な小ピークのアップダウンがあり1時間くらいはかかります。


北又の水場、歩いている時に周りの稜線の斜面を見ていましたが、雪崩のためか木が生えていない斜面が多かったです。保水力がないため栂海新道の水場は限られているのでしょう。基本沢を下れば水はとれるとは思いますが、藪や傾斜でどこでも取れるわけではないのだろうと思いました。


台形のピークが犬ヶ岳です。標高1592.3m


山頂標識と三角点標石。黒岩山から標高1600m圏を登ったり下ったり全く尾根の真上だけを歩いてきました。それは徹底していました。


栂海新道縦走の宿、栂海山荘。この日テント泊の人が3人で、小屋は貸し切りでした。


栂海山荘の夕日は日本海に沈みます。


3日目の朝、遠くに見える白鳥山に向けて激下りの始まりです。


平和そうに見える縦走路の写真。が、それまでと同じように尾根の真上につけられた登山道なので、傾斜があるピークはすさまじいものでした。


すごく美しいブナ林


わかりにくいのですが、ブナの古木に生えたヤシャビシャク(夜叉柄杓)を見つけました。生存競争に勝つため、ブナの古木の枝の分かれ目なんかに生える絶滅危惧種の着生植物です。着生植物は場所を借りているだけなのに対し、寄生植物は母樹の栄養を盗みます。代表はヤドリギでしょう。


黄連の水場、吹上ノコルに向かうときの水場です。栂海山荘の水場ということですが、ここから小屋まで1時間以上の道のりでしょう。


ここは沢地形なので、もし出ていなくても沢筋をたどれば水が得られると思います。


白鳥山までは1200m圏のアップダウンです。


遠くから見えていた下駒ケ岳西側の崩壊地。


ぐっと近づいた白鳥山。


白鳥山山頂と白鳥山荘。ちょうど地元の方が登ってきていて、冬はスキーヤーがたくさんシールを付けて登って来る白鳥山だと教えてくれました。小屋の外ハシゴを使い2階の窓から出入りするということでした。白鳥山は麓からハクチョウが羽を広げたように見えるからで、犬ヶ岳はイヌの犬歯のように鋭く見えるからと言っていました。


しばらくは歩きやすい道でしたが酒田峠手前はとても急な斜面でした。


オクモミジハグマ


シキ割の水場も水は出ていました。


酒田峠は北陸街道の峠。親不知(栂海新道のゴール)の海岸線の海が荒れて通れない時の山周りの峠道。


坂田峠からはなだらかな稜線が続き、なかなか標高が下がりませんでしたが、ケヤキの群落がずっと登場して、太平洋側で見ることが出来ない森でした。


尻高山


林道の堀切に栂海新道のサイン


二本松峠。この峠も親不知のバイパスみたいな峠だそうです。


入道山を過ぎ、それでもまだ400m圏に登り返しのピークが2つ。ナツエビネが2株、エビネの仲間で唯一夏に咲くエビネだそうです。


いよいよ海が見えてきました。


国道8号線の栂海新道登山口


日本海へ


日本海の海水に触れ栂海新道を歩いたんだな~と感傷に浸ったかどうか?


最後の宿は親不知観光ホテル。昭和チックなやや疲れたホテルにあった昔の親不知の写真。昭和42年の浜は砂浜だったんですね。ホテルも新しかったんでしょう。


親不知のウェストン像
明治27年(1894年)にウェストンが親不知を訪れ、大蓮華(白馬岳のこと)に登っています。
明治29年(1896年)「日本アルプスの登山と探検(MOUNTAINEERING AND EXPLORATION IN THE JAPANESE ALPS)」をロンドンで出版。その翻訳本「日本アルプスの登山と探検」 青木枝朗訳 1997年岩波文庫版の中で、ここ親不知が日本アルプスの始まりだと書いています。そのことを詳しく書いたブログ記事は2017年11月の「親不知のウェストン」です。


2025年8月6日水曜日

大雪山周回

大雪山からトムラウシ山の縦走の後、そのまま北海道に残って大雪山を周回しました。1泊2日でというリクエストだったので、無理のない内容でと思ったからでした。大雪山最大のカルデラ、お鉢平を中心に反時計回りに廻りました。スタートはまたまた旭岳ロープウェイ。姿見池と噴煙です。


風は弱いものの雲の多い日。旭岳山頂は相変わらず観光客が多かったです。


旭岳から裏旭キャンプ指定地への下り、この時はチェーンアイゼンを使いました。


荒井岳から松田岳のあいだのカラフルな尾根。
荒井岳は層雲峡開発の荒井初一という人物からの名前で、松田岳は松田市太郎という人物が由来で、松田は4人のアイヌの人たちの案内で1857年(明治維新の11年前)に石狩川の水源調査を行い、 忠別岳(1962m)などに登頂し、層雲峡温泉を発見しました。文人大町桂月の桂月岳、松浦武四郎の松浦岳(緑岳)、大雪山の父と言われる植物学者、小泉秀雄の小泉岳などもあります。


稜線で見られた段々の構造土・構造土は土壌の凍結・融解作用によって、地表面に幾何学的な模様が出来る地表のことで、そんな微妙な自然の成り立ちなので、登山道以外は足を踏み入れてはいけないということです。


北海岳を通過し、クジャク岩という岸壁の下を通ります。岩の崩落があったという注意喚起がされていました。


広く見通しが利くところでずっと探していたヒグマ。北海岳の下り、北海沢の対岸で見つけました。直線距離で300mくらいだったでしょうか。そのくらい離れていれば怖くはありません。ただ遠すぎました。


北海沢の残雪


北海沢の渡渉点。もう一つ赤石川の上流部の渡渉もあります。そういった沢筋は雪が融けるのが遅いので花が楽しめます。


赤石川上流部の渡渉から登り返して到着した黒岳石室。白雲岳避難小屋と黒岳石室には管理人さんが常駐しています。


大雪山というピークはないわけですが、東の黒岳は大雪山層雲峡ロープウェイがあり、西の旭岳は大雪山旭岳ロープウェイがあり、どちらを利用するにしてもアプローチが楽です。黒岳石室から黒岳をピストンしました。


翌朝は雨上がりで草木はびっしょり。雲の平をお鉢平のふちを目指しました。


手前の岩場


お鉢平展望台。2020m標高点です。


展望台からの雄大な景色。カルデラの対岸には間宮岳です。


北鎮岳の肩への登りは急登なのですが、素晴らしい登山道でした。


北鎮岳山頂


北鎮岳から中岳を通り、分岐から北に小尾根を下った先にある中岳温泉は楽しみにしていました。ハイマツの尾根から湯舟が見えていました。


全くの自然の中の野湯です。スコップが置いてあって自由に湯舟が作れるとの情報でしたが、スコップの柄は折れていたし、そこまでの噴出量ではないので足湯を楽しみました。


こんな景色の中の野湯です。


中岳温泉から分岐の裾合平まではお花畑が期待できましたが、ピークはとっくに過ぎていました。ここも木道の再整備が進んでいるようでした。


大雪山の稜線を反時計回りに一周して、旭岳ロープウェイの姿見駅に戻りました。だいたいお昼の時間でこの気温。ロープウェイで下って山行が終わっりました。一週間で二つの山行をした北海道でした。山行の内容ばかり書いてきました。以下に主だった花の写真を載せますのでお楽しみください。


メアカンキンバイ(雌阿寒金梅)北海道の固有種で高山帯(知床・阿寒・大雪山系と羊蹄山)に分布です。
 

ミヤマリンドウ(深山竜胆)北海道、本州の中部以北に分布です。



ウスユキトウヒレン(薄雪唐飛廉)分布は大雪山系,夕張山系,北日高山地,羊蹄山


チシマツガザクラ(千島栂桜)国内では北海道の高山帯と早池峰山だけに分布。ちょうど花が咲く時期でたくさん見ることが出来ました。


チシマクモマグサ (千島雲間草) クモマグサは雲がかかるほどの高山に咲く花という意味。



エゾコザクラ (蝦夷子桜) 北海道特産の小型のサクラソウ。


エゾコザクラのアップ


イワブクロ(岩袋)の白花。北東北から北海道の花。


左が普通に見られるイワブクロ、右が白花。並んで咲いていました。高山の火山性の砂礫地に生えます。


見事なイワヒゲ(岩髭)の群落。


エゾノツガザクラ(蝦夷の栂桜)ピンクのアオノツガザクラって感じです。


ムシゴケ、高山帯などで、他の高山植物と混ざって見られる地衣類の一種です。これだけあると迫力がありました。


 クモマユキノシタ (雲間雪の下)  大雪、夕張、日高山系の湿った礫地に生える多年草。


中岳温泉の周りの岩を覆っていたイオウゴケ。全体的に緑がかっていました。


イオウゴケのモンローのくちびる。


エゾノハクサンイチゲ (蝦夷白山一華)ハクサンイチゲもエゾとつくと特別感がありました。


エゾノリュウキンカ(蝦夷立金花)葉、茎、花も食用となり、北海道では初夏の山菜の代表格といわれます。