2015年2月22日日曜日

天空集落周回 折門

天空集落八坂 の続きになります。

「何もこんな日に歩かんでも・・・」という今福太喜男さんのお言葉でしたが、残り半分の天空集落周回をこなすべく、稜線を目指しました。ただ黙々と道を追いました。本来ならば主稜線に出ていくつかの峠を確認してという展開になるのですが、林道歩きじゃシャレになんないし、少しでも早く折門峠に着きたいという気持ちでした。雪は大したことはなかったのですが風が出てきて寒かったのでした。そして、天空集落を歩くとしたら、青空をお供にしないと魅力が伝わらないと認識した後半戦でした。
地蔵峠の大ツガ


まさしく雪化粧って感じの林になりました。


整備された登山道

折門峠

ここから南の尾根道を折門集落目指します。前回は山神峠経由でしたが、峠手前の小ピークからえぐれた道が直接折門に行っているようなのでトレースしてみました。


つづれ織りにえぐれた道を行くと、明るい畑だったようなところに出ます。その開けたところの手前には、お墓と石仏。集落の境界線にある、魔よけのような意味合いでしょうか。


冬だからいいものの、夏だったらとても歩けそうにない畑跡
下折門集落は割愛して、トラバース気味に上折門集落を目指しました。


雪化粧した上折門集落


気がつけばNHKのステッカー

山神峠の皇太神社

ここもそそくさと通り過ぎ、御弟子みでしの集落を目指します。


途中にあったお堂

御弟子みでしの諏訪神社 


石塔の向こうが折八分校跡

 有名な双体道祖神


御弟子集落

いっきに御弟子集落まで来ました。降雪で余裕がなくなって、雨宿り気分です。軒先をお借りしてエネルギー補給です。ここは車で来れる場所です。ありがたい軒先でした。置かれた背負子は今すぐにでも山仕事に向かう感じでした。


休んでいる内に雪もやんで青空が広がってきました。


尾根の向こうは本栖湖です。


沢集落への下りはハードでした。標高差250mの中に、梅を中心とした果樹の畑(手入れはされていません)があり、昔の仕事道を特定でするのがやたら難しかったです。


安心できた人の痕跡

沢集落の手前の堰堤


予定していた時間で下ることが出来ました。
帰りの道中も長いのですが、せっかくここまで来たのだからということで、木喰上人の里、丸畑にも寄って来ました。円空と並び称されるいわば彫刻家の僧侶です。



四国堂は見学できませんでした。



三ツ沢、八坂、折門、御弟子、沢、と天空集落を回ったわけですが、廃村になる前のことで胸にぐっとくるくらい貴重なお話として、御弟子の折八分校に子供たちが通っていたということがあります。今福さんの母校でもあるわけです。僕らが今回歩いた山道が通学路。三ツ沢集落は山の中を3kmもあります。すごいことだと思いました。
 
分校の沿革
 明治10 1877  折門分教場設立
 明治22 1889  下九一色尋常小学校折門分教場となる
 昭和16 1941  下九一色国民学校折門分教場となる
 昭和22 1947  下九一色小学校折門分校となる
 昭和26 1951  下九一色小学校折八分校となる
 昭和29 1954  古関小学校校折八分校となる
 昭和48 1973  廃校

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