2016年10月7日金曜日

両俣小屋 星さん


両俣小屋のことは、7月に両俣小屋のタイトルで書きました。両俣小屋 
その時登れなかったリベンジの今回の山行です。目的を達成するために、山行のスタートを両俣小屋に設定したました。都内からの移動時間も含め、トータルで山行を完結するための発想の転換。これってなかなか難しいです。山梨に住んでいる僕にとっては南アルプスのアプローチは本当に近い感じなんです。甲斐駒ケ岳の黒戸尾根の取りつきの駒ケ岳神社なんか、自宅から20分という感覚です。


7月の山行は体調が芳しくなく敗退しましたが、絶対に黒檜山の山頂に立つという強い意志で、しっかり準備をされていた三か月間でした。そのことがよく理解できたので、僕もしっかりサポートしようと準備しました。夏の初めから季節は進み、林道わきのフジアザミも盛りを過ぎて種を飛ばすくらいになっていました。


林道から見える山々も秋の装い。ダケカンバやカツラの黄色が目立ってました。


前回の敗退時に熊を間近に見た前白根沢の標識。あの時はビビりました!


野呂川出合、北沢橋から2時間くらい歩いてきて林道終点の案内板。だいたい20分歩いて両俣小屋です。


近年は特に釣りをする方々に人気の両俣小屋。


林道が終わって野呂川に降り立つと、川面にイワナの姿が見えました。写真ではうまく撮れませんが、何匹も見えました。


紅葉もどんどん進んでいました。


両俣小屋。


季節が進んだ証拠、ストーブに火がともされていました。夕方です、ありがたい暖かさ。


韮崎のうさぎやさんの大福と星美知子さん。うさぎやの皆さん、星さんは芦安在住の両俣小屋の小屋番ですが、うさぎやの大福のファンだそうです!


小屋の食堂。


小屋の中。


雑誌PEAKSの中の星さん。両俣小屋のおかみさんというタイトル。星さんのお話で、文章を書いた方ととても気が合ったそうです。ほんわかした文章に星さんの人柄が出ていると思いました。山を愛する人、その山にやってくる人を優しく包んでくれる星さん。


Peaks2015年、No70。編集者と星さんが意気投合して、書かれている内容が星さんのお人柄を的確に表しています。星さんの武勇伝で一番有名なのが「41人の嵐」という星さんが書いた本です。昭和55年(1980年)台風が来る中、両俣小屋さえも自然の脅威にさらされ安全ではないと判断した星さんが41人の人を誘導しながら仙丈岳に避難したというお話です。両俣小屋の小屋番の星さんの原点だと思います。


下の写真は天気図です。便利な世の中で、いろんな天気予報が活躍する時代ですが、昔はこれを自分で記入するのが基本登山技術でした。「気象通報」。毎日3回NHKラジオ第2放送で流れていました。主だった気象観測地点のデータ(気圧、風力が大事)を天気図に放送を聞きながら落として、翌日以降の気象を自分で判断していきます。2014年3月31日から1日1回になったということも今回知りました。一日一回になってしまった気象通報なので、夕方4時の星さんは天気図を書くことに集中します。電波状況がすこぶる悪い野呂川の谷間の両俣小屋の小屋番の星さん、ずっと天気図を自分で書いて天気予報を登山者に知らせてきました。なんだか懐かしい天気図ペーパーを見た感じでした。


共通の友人も多いので、宴会モードで消灯時間が30分おきに延長された夜。ぎりぎり9時に寝ました。楽しい宴会。翌日の登山に備えての就寝。


朝食はしっかり食べて頑張って登れ!という星さんの無言のプレッシャーがあったおいしい朝食でした。

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