山をやっているといろいろなことに出くわします。
今回はそのオンパレード。大蔵経寺山715.6mから、岩堂峠を経て棚山1171m、兜山913mをめぐった今日でした。正直、トレースしたのは初めてで、里山の奥深さをとてつもなく堪能した日になりました!
国道から山梨岡神社に向かう参道から見た大蔵経寺山です。
社寺由来
御室山みむろさんは大蔵経寺山のことのようです。
注意して下さい、たくさんある情報のルートではありません、読図が出来ないといけないルートです。これは昔の仕事道、地面がえぐれてます。そこいらの観察力は大切です。
こんなものが出てきました。電気関係かな?
山の神
「昔、長谷寺の修験者と勝沼の柏尾の大善寺の修験者が、山伏問答をしていた時、その問答がこじれて戦いとなり、大善寺側は山梨岡神社の鳥居を持ち帰って焼き払い、長谷寺側では柏尾の笈(おい・山伏が背負い歩く箱)を持ち帰り焼き払ったと言われています。それから御室山(大蔵経寺山)では、笈形焼きを、大善寺では鳥居焼きを、それぞれ行うようになったと言われています。」
「江戸時代から続く盆の送り火で、桃やぶどうの豊作も祈願。大久保山中腹に組み上げた井桁に「大」の字が燃え上がります。」
笛吹川を真ん中に置いて東と西、いろんな勢力争いがあったんでしょう。そのやり取りが今でも影響していて風物詩として表れているということなんでしょう。それにしても、合併前の春日居町の行動は大胆で、電化してしまったかがり火ということです。ここを歩いてみたら、商店街の街路灯が山中に設置されていて驚きました・・・春と秋に点灯されるそうです。鳥居のかたちかな?画像 反対側の(勝沼)大善寺は大文字だったと思います。
きっと伐採した木材を引き下ろした跡だと思います。えぐれています。
主稜線に上がってからの石垣。こんなところで農耕が行われていた名残り。
何年か前に山火事があった場所
いわれはわかりませんが、こいつは目立ちます。
大蔵経寺山、山頂。
山火事の跡の黒こげの焼け跡
間を端折って、下りの途中から見た山梨岡神社からの大蔵経寺山の東の尾根の末端
本殿に向かう石段
丁目石、11丁目
麓も間近
途中の鳥居
丁目石
里の奉納石
登り始めの山梨岡神社と、下ってきた様子、はじめと終わりをご案内したくなったのでした。
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